死神

※フィクションです。


父が自殺したのは、僕が中学に入ってからしばらくしてからのことだった。

昔から仕事が忙しくて、僕ら家族が父と顔を合わせる時間は決して多くはなかった。そして、母はそのような父の悪口を僕ら三人の子供に毎日のように言い聞かせていた。家族を省みない、仕事人間の駄目親父。
姉と妹は、女子にありがちな父親への嫌悪感もあいまって、そうした母の影響をもろにうけた。
どうして、こいつらは、自分を養ってくれてる人間を敬うということをしないのだろう。ものごころついたころから、僕はそのことをずっと疑問に思っていた。家族の中で、僕がいちばん父のことを尊敬していたと思う。
いつも、夜遅く帰ってきては、居場所がなさそうに自室へと入っていく父を、僕は憐れんだ。けれども、幼いころから父を疎遠に感じていた僕は、父をねぎらう言葉を、結局一度もかけられなかった。

ある朝、いちばんに目覚めた僕が、父の部屋に入ると、父は眠るように死んでいた。
とても安らかな寝顔だった。なぜか、僕はそんな彼の顔を見て、安堵した。
ごめん。
おつかれさま。
ありがとう。
今まで一度もいえなかった言葉を、このときはじめて言えた。

いつのまにか母が僕の背後にきていた。異変に気付いたようである。
それからしばらくの間、悲鳴を上げる母や、姉妹が、とても耳障りだった。
なんで、彼女らはいまさらになって泣くのか、不可解だった。
さんざん父を疎んできたくせに、こういうときだけは被害者であろうとする。
彼女らの悲しみが偽りであることは、保険金が入るなり羽振りのよくなった母たちを見れば、火を見るよりも明らかだった。

母に対する疑問が、憎悪に変わったのは、おそらくこのときからであろう。
このときから母のことを、心の中で「寄生虫」と呼び、蔑むようになった。
いや、母だけではない。このとき以来、女性に対しても、漠然とした嫌悪感を抱くようになった。
男を品定めしたり、色目を使う女の姿が、宿主を求める寄生虫のそれに重なるのだ。


続く
2008年02月29日 | Comments(4) | Trackback(0) | 小説のつもり

Replay

今回のお話は完全フィクションです。
決して現実にはありえない描写もあります。
あと、性描写含みます。苦手な方は回避してください。
あとね、かなり長文です。ごめんなさいね。
では、以下本文です。



初めての彼女ができたのは、高校生のときだった。
その彼女にはとてもほれ込んだが、半年もすると振られた。
その後も、何度か彼女ができたが、結局、初めての彼女に対して抱いたような気持ちにはならなかった。
いま、目の前にいるのは、10人目くらいの彼女であろうか。正確に覚えていないが、いちいち数えるのも億劫になってきた程度の人数であるのは確かだ。
今は大学院に通っているので、その彼女と別れてからはもうすぐ10年になるところであるが、いまだに僕は、女を抱くときは、目を閉じて、目の前の女を、その初めての彼女と思い込むという奇癖にとらわれている。いや、これは奇癖で片付くものなのであるかすら疑問だ。なぜなら、僕は目を閉じてその彼女のことを想像しなくては、ろくに女と寝ることすらできないのだから。
もしかすると、僕は病気なのかもしれない。

初めての彼女と出会うまで、僕はろくに恋愛をしたこともなかった。
彼女も、同様だった。だから、僕らは付き合いだしてから、うまく行かないことがしょっちゅうあった。
結局、不器用な僕に愛想をつかした彼女に、あっさりふられた。
ひたすら自分を責めたのを鮮明に覚えている。それまで恋愛経験をろくに積まなかったのを、このときほど後悔したことはなかった。
それからは、機会あるごとに、女を「練習台」として利用した。
「練習」は最初のうちは、僕から行動しなくてはならなかった。
何人かの女に気のあるふりをしてみせ、落とせそうな女を、「デート」に誘い、落とす。
はじめは幾度か失敗したが、そうしたミスはすぐになくなった。皮肉なことだが、その成功率のカギとなっているのは、僕がその女たちをあくまで「練習台」としか見てないことであろう。女は、追いかければ逃げるものだ。
そうした「練習」を繰り返すたび、しばしば虚しい気分になった。好きでない女を抱くことほど脱力することはない。けれど、そのたびに初めての彼女を思い出し、これは、いつか彼女とやり直すための「練習」なのだと自分に言い聞かせた。
大学に入るころになると、「練習」の成果は、意識的には何もしなくても女のほうから勝手に僕に寄ってくる程度には明らかになった。
年上や年下、学生や社会人やモデルに女医など、それなりにいろんな種類の女を抱いた。
もし僕が口説き落とす格好だったら、罪悪感も覚えたかもしれない。しかし、ほとんどの場合、女が僕を押し倒す格好だったので、幾分気は楽だった。
大学生活も終盤に差し掛かり、将来のことを意識するようになると、そろそろ落ち着くべき頃合かもしれないと思い、今の彼女とのみ付き合うようになった。大学院に入ってからは結婚の話もするようになった。かつての彼女のことは幻想と割り切り、現実と向き合う心の準備もできてきた。これを妥協と言うにはいささか語弊があろう。今の彼女のことは、それなりには信頼していたし、彼女との時間はそれなりに心地良くもあったのだから。ただ、彼女自身を女性として抱くことができないという一点において、どうしようもないうしろめたさがあったのだ。

そんなある日のことだった。
僕は、この10年、決して犯さぬよう心がけていた失態を犯した。
目の前の彼女を、初めての彼女の名で呼んでしまうという失態を。
それも、ベッドの中で。
彼女の表情が翳った。
それは、「意外」というよりも「やっぱりね」という諦観に近いものだった。
とっさに僕は「ごめん」と言った。脊髄反射で発された、感情の入る余地のない「ごめん」
けれど彼女は僕を抱きしめ、いいよ、とだけ言った。
気まずい沈黙は数分間続いた。
いや、もしかしたら一時間近くになるのかもしれない。先ほどの失態を彼女にどう弁解するかという問題のためにあらゆる脳細胞を酷使する間、僕は時間の経過を忘れていた。
「知ってたよ。だって、いつも寝言でその女の人の名前呼ぶんだもん」
初耳だった。自分の無意識のことにまでは頓着しなかったことを、このときになって初めて悔いた。
「好きだったんだね、その人のこと」
彼女の口調は、不思議と穏やかだった。
彼女の微笑を見たら、うしろめたさがおそってきた。それまで正視してこなかったすべての罪悪感を、一度に掘り返され、眼前に突きつけられた心地がした。
その夜、僕はずっと、彼女に「ごめん」と言い続けた。彼女に、というよりも、自分を、慰めるために、と表現した方が正確であろう。そのまま、僕の意識は途切れた。おそらくは眠気によって。


気がつくと、僕は高校の教室にいた。
制服を着ている。
頬杖をついた格好で居眠りをしていたようである。
黒板に目をやると、数学Iの授業中であることがわかった。
直後に教師と目が合った。
「お前、いま寝てただろ。前に出てこの問題やってみろ」
放物線と直線の接点を求める問題だった。あまりに人を小馬鹿にしている。
どうやら僕は高校一年の一学期に来たようである。どうせ夢であろう。夢の中にいるとき、人はそれが夢であると気付かないものだ。そして、それがどのような荒唐無稽な夢の中であろうと、人は、その世界を精一杯生きようとするのである。
黒板に解答を書き終わると、教師はばつの悪そうな顔をした。居眠りしていた生徒があっさり問題を解くと、きまって教師はこの顔をする。見ているのが愉快ではない顔にもかかわらず、懐かしさを覚えるのだから不思議だ。

休み時間になると、僕はいちばんに教室を抜け出した。
廊下を駆け、4組の教室に目をやると、いた。
件の、初めての彼女である。もっとも、このときは交際はおろか、彼女とは面識すらなかったのであるが。
声を、かけたかった。
けれど、すぐに思いとどまった。今、声をかけてはいけないのだ。なぜなら、彼女とは、この数週間後にある学年全体の遠足で初めて言葉を交わすのだ。それまでは、クラスが3つも離れている僕が彼女と自然な形で関わる術はない。それに、彼女には今、交際している男がいる。後日その男に二股をかけられていることを知り、さらにその男にこっぴどく振られ、僕がその愚痴を聞いてやるはけ口になって初めて、彼女は僕に心を開くのだ。
それまでは、待たねばならない。けれど、その先には、僕が「練習」の成果を活かすための機会があることを思えば、そんなのは問題にすらならない。
それに、目標がはっきり見えてるから、それに備えるためのいくつもの労力は楽しみに変わるのだ。
かつて、このときの僕は、目標もなく、日々を無意味に過ごすだけだった。
それでも、教室に来れば、学校に来れば、同じように無意味な時間を持て余す連中がいる。彼らとつるむことで、その時間がさも意味のあるもののように錯覚できるのが、この高校の、特有の空間だった。あるいは、それが「青春」と呼称されるところの幻想なのかもしれない。
二度目の同じ時間を過ごすことになった今、僕がしたのは、第一に受験勉強の復習であった。かつて、危機感なく日々を過ごし、浪人したことの教訓からである。それから、ひたすら本を読むことだった。かなり後の段階になるまで、僕は本を読まなかったことを後悔していたからだ。それらのことにくわえて、余った時間を小銭稼ぎに注いだ。このころは、ネットに裁定機会はごろごろしてたので、パソコンを使って比較的簡単に小銭が稼げた。金は、女を落とすのに大して重要ではないが、無かったら無いで困るものだからだ。
時間は、それらのことをしていたらあっという間に過ぎた。
そして、例の遠足の日が来た。生徒がグループごとに自由にコースを決められる形式のものであったが、湘南で、僕らのグループ4人と、彼女らのグループ4人とがたまたま出くわすことになる。彼女らのグループは道に迷っており、僕らがそれを案内してやる格好になる。彼女らのグループにはひとり、飛びぬけて美人なのがおり、僕のまわりの男は全員、その女に群がる。僕だけは、例の彼女に、そこで一目ぼれするのだ。地味な女だったが、この女は見違えるように変わるという予感があり、その予感は正しかったことに、あとから気付くことになるのだった。綺麗になって行く彼女を見るにつけ、当時の僕は悦に浸ったのであるが、そんな僕を友人らは「おまえは将来AV女優のスカウトをするべきだ」などと揶揄した。
さて、先ほど、他の3人の男子が美人に群がったと言ったが、このことが、僕らのグループと、彼女らのグループとがつるむことのきっかけになるのだから、僕はこの3人に感謝しなくてはならない。僕が感謝しなくては、誰が感謝するのか。だって、彼ら3人の美人への恋は結局実ることなく、彼らの努力は徒労と化すのだから。

さて、事はかつての僕の記憶と大して違うことなしに運んだ。
彼女とは、この日を境に連絡先を交換し、無難なやりとりを続けるようになった。
ある日、彼女と、現在交際している男とが一緒に帰るところを見かけた。当時は、平然と複数の女と交際するこの男を軽蔑し、殴りかかりたいほどの衝動に駆られたものだが、今の僕はそのような義憤を覚えるほどの若さなど、とうに無くしていた。
騙す男などどこにでもいる。そいつらに騙される女が悪いのだ。彼の顔を見かけても、せいぜいそのことを思うだけだった。それにしても、あらためてこの男の顔を見ると、知性のかけらも見あたらない。だいたい、誇張と虚勢に満ちた話し方は見るからに胡散臭いし、その顔にはでかでかと「複数の女を同時攻略してます」とか「頭の中はセックスのことだけです」と書いてあるようにしか思えない。この男が高校を卒業したあとどうなったかについて詳しくはないものの、最底辺を這いつくばっているというのだけは小耳に挟んだが、なるほど頷けるというものだ。どうしてこのような男に、彼女が引っかかってしまうのか、今となってはまったく不可解だが、種々の雑音に無知で、かつ敏感な高校時代というのは特に、いろいろな錯誤に陥りやすいからであろうと、ひとまずは結論付けることにした。

さて、例のごとく彼女とやり取りを続け、親しくなったころ、かねてからの記憶の通り、彼女から電話があった。彼氏が二股をかけていることに気付いてしまったというのだ。このとき電話の向こうの彼女は泣いており、かつての僕は動揺してどのような言葉をかけるべきか困惑したものだが、今度は打って変わって、初々しく動揺するふりをするのに苦労した。同時に、かつては覚えたことのないちょっとした違和感があった。彼女のほうも、演技しているのではないか。ふとそんな気がしたのだ。しかし、このときはひとまずその疑問は保留し、彼女の話を聞き、それからぎこちない口調で助言をするという演技をするのに集中した。
できる限り、親身な印象を与えなければならない。このとき僕がそうした印象を与えたことが、彼女の、僕に対して興味を持つきっかけになったと、あとで彼女の口から聞くことになるのだから。

数日後、今度は彼女からの、フラれた旨の電話を受けた。これも、記憶どおりである。ここで、彼女の元に直接会いに行き、一晩中彼女の家の近くの川原で、泣き続ける彼女を諭すのが、決め手になるのだ。
隣にいる彼女を抱きしめたい衝動を覚えたが、押し殺した。軽率な男と思われては、全てが水泡に帰すのだ。あくまでも、この女を弄んだ男とはまるで対照的な、うぶな少年を演じなければならない。
ここでも、ふたたびかつての記憶にない違和感に悩まされた。やはり、彼女は演じているのではないか。男に騙され、泣き崩れる純粋無垢な少女。それは当時の僕がまんまと見せられた幻想だったのではないかという疑念を抱きつつあった。けれど、僕はまたしてもそれを黙殺した。そうしなければ、それまでの自分のしてきたことのほとんどが否定される気がしたからだ。同時に、無駄に「練習」を重ねてしまったことを少しだけ、悔いた。

それから数日、彼女とはそれ以上によく話すようになったが、ある日、頃合を見計らって彼女を呼び出し、交際することになった。彼女に関することで、ここまでは、記憶の通りである。問題となるのはここからなのだ。かつてのように、終始ぎこちなく接するのでは、かつてと何も変わらない。一方で、急にこちらが女性慣れしたのを見せても不審に思われるだけである。そのさじ加減を誤ってはならないのだ。
もっとも、実際に交際を始めてみれば、そのことは杞憂に過ぎなかったのであるが。
かつては、彼女の手に触れるまでに一ヶ月、接吻までに二ヶ月と半月を要し、その後あっけなく破局したわけであるが、今度は、その時間を三分の一程度にまで短縮した。もちろん、その他の面でのフォローも怠らなかった。彼女との関係は、かつての失敗が嘘のように円満かつ順調だった。

彼女との交際をはじめてから一ヶ月ほど経過したある日、僕はあることを確かめるために、彼女のかつての交際相手と会った。顔はお互い知っているものの、彼とは、一度も口をきいたことが無かった。昔、彼女からこの男の話を聞いて、「女を泣かせる、口を利く価値のないほどの下衆野郎」と思い込んでいたからだ。けれど、はたしてその印象はどこまで正しいのか、自分の目で確かめたくなったのだ。
結局、この男の言うには、複数の女と交際しているのは事実である。だが、彼女と別れるに至った経緯を聞いて、ある確信を得た。というのも、その、経緯というのが、かつての僕と彼女のそれと酷似していたからだ。大筋としては、男のほうから別れ話を切り出すように、彼女のほうが仕向けるというものだが、その、細かいやり取りまでがそっくりだったのだ。
以前、彼女と別れたとき、僕はすべてを自分のせいにした。けれど、それが過剰であった可能性をこの時になって考えるようになった。

交際を始めてから、彼女は見違えるように綺麗になっていった。けれど、それは、交際とはなんの関係も無かったのだ。高校に入ったら、女子はほぼ誰でも外見を変える。彼女も、その多くの女子と同様の行動をとったに過ぎないことに、他の女子と彼女とを比較できる程度の視野を持つ今の僕は気づいた。当時は、視野狭窄になっていたのだ。その狭い視界に、彼女しか捉えていなかったのである。

こうして、少しずつ、僕は幻想から覚めていった。
当時、彼女に抱いていた印象は、無垢な少女だった。白いキャンバスのような彼女を、汚いものから守りたいなどと、浅薄この上ないことを考えていた。
今ならわかる。この女も、ただの女なのだと。
それでも、彼女といるときは、そのことを忘れたかった。そうでなくては、僕が今この時間にいることの意味すらなくなってしまう気がしたから。
彼女との関係は、表面上はうまくいっていた。けれども、かつての自分が、勝手に作り出した彼女の虚像にのみ恋をしていたことに気付き、彼女自身に何も感じることはなくなった。もはやそれを隠し、うわべだけ付き合うのも、限界である。かつてなら、そうした「うわべだけの関係」にも「練習」という目的があり、だからこそ耐えることもできたが、その「練習」の目的そのものを見失ってしまった今、限界というのはすなわち終わりである。
彼女との交際をはじめて二ヶ月ほど経ったある日、僕は別れを切り出した。彼女はそれまで僕の見たことのない勢いで、泣き、すがりついた。かつて、僕をあっさり忘れてみせた彼女が、まるで嘘のように。
結局、彼女が落ち着くまで、しばらく胸を貸す格好になった。
やっと静かになったと思い、気を抜いたところで、今度は押し倒された。
そのまま、流れでことに至りそうになったが、やめた。彼女への幻想から覚めた今、もはやぼくはただの不能者に等しかったのだ。そのことに気付き、少しの落胆を覚えるとともに、不毛な情事の後の虚無感からも開放されたような気がして、安堵した。

その後、僕は当分恋愛からは遠ざかった。「練習」を積まなければならぬとの強迫観念から開放されると、積極的に恋愛をする動機は失せた。けれど、ひとつだけ心に引っかかることがあった。時間を巻き戻す直前に寝た、彼女とのことだ。初めての彼女の呪縛から解放された今なら、今度こそ、その最後の彼女を正視できるのではないか。そんなかすかな期待があった。
彼女と会うためには、大学へ行かなければならない。どうやら、時間を巻き戻された僕は、受験もやり直さなければならないようだったが、再び目標を定めた僕には、さして難しいことではなかった。

それから、かつてと同じ大学に入り、再び彼女に会い、かつてのように、付き合うことになった。
もう、目を閉じて、昔の彼女を思い出す必要は無かった。
2008年02月20日 | Comments(0) | Trackback(0) | 小説のつもり

のろけ日記5回目

もはや注意書きは必要ないだろうが、「のろけ日記」はフィクションであり、ここに登場する彼女は脳内彼女であり架空の人物である。
では、以下本文である。


前日、彼女との電話にて、待ち合わせの場所および時間を定めた。
「午前10時、上野駅公園口」
ということになった。同時に、「遅刻した場合は昼食おごり」という条件もつけた。彼女は非常に時間に関する認識が甘く、しばしば約束の時間に遅れてくるので、そのことについて釘を刺す意味で僕は先の条件をつけたのだ。

さて、当日の9時半ごろ、僕は山手線に乗った。
このとき、車内のモニタにて目的地までの残り時間が表示されてるのを見て、僕は自分の計算が間違っていることに気付いた。これでは、公園口に到着するのには10分ほど遅れることになる。
僕は、遅刻する際にぎりぎりまで誤魔化そうとする彼女と違い、自分に非がある場合には正直にそれを打ち明けるという信念を持っているので、このときも彼女に「すまないが、5分ほど遅れるかもしれない」という旨のメールを彼女に送ろうとした。
ところが、携帯電話を取り出したところで、彼女からメールが届いた。

「ごめおくれる」

このメールの文面から、僕は少なくとも二つのことを読み取った。
すなわち、彼女は言語能力に支障をきたしていること、そして、彼女は僕に昼食をおごることを極端に恐れるほどに金がない、ということだ。
僕は、そのような彼女の精神状態を慮り、おそらく慌てているであろう彼女を、できるだけ落ち着かせてやろうとの気遣いから、
「で、何分遅れるの」
とのメールを送った。
「15分。本当にごめん」
との返事が来るまでに要した時間は主観時間にして4.03秒。最近のメールの通信速度はあなどれない。
さて、そのようなわけであるから、僕は、彼女がよほど昼食代を出したくないのであろうことへの確信を深めた。彼女があせって不慮の事故にでもあい、遺族から僕への損害賠償を求められるという最悪の事態を避けるため、
「遅刻は遅刻だから。昼食代、よろしくね」
とのメールを送った。
脊髄反射のごとき速さで「ほんとうにごめんなさい」とのメールが来たが、こういうときに毅然とした態度をとらねば彼女の遅刻癖は永遠に直らんだろうとの配慮から、
「俺は、10時には公園口にいるから」
とだけ送った。

さて、ちょうど10時になったとき、僕はまだ電車の中にいた。まもなく上野駅なので、目的地には先ほどの計算どおり10時10分までには到着するだろう。
そのとき、彼女から「もう着いてる?」とのメールが来た。
いちおう、僕は先ほどのメールと矛盾しないように「うん、もう着いてる。早くしろよ」と送ったところで、電車は上野駅に到着した。

どうせ彼女は10時15分にならなければ公園口にはこないだろうと高をくくっていたが、念のため僕は電車を降りたあとも小走りで目的地に向かった。
公園口の改札出口が見えてきた。出口の向こうには上野公園が見える。
改札を出た直後、背後から声をかけられた。
「ふーん、『うん、もう着いてる。早くしろよ』ですか」
振り返れば彼女がいた。
「貴様、15分遅れるんじゃなかったのか?謀ったな……」
との僕の問いに、彼女は
「遅刻は遅刻だから。昼食代、よろしくね」
と冷たく言い放つのだった。
2008年02月19日 | Comments(0) | Trackback(0) | 小説のつもり

前回の続き

前回の続きです。


菊池と出会ったのは、一年のとき、学校の図書室でのことだ。
高校受験に失敗して滑り止めで入った高校だったので、入学当初からまわりの人間を全員見下してた僕は、クラスの人間とも浅い付き合いしかしてこなかった。
そんな僕に、つるむ友達などろくにできるはずもなく、休み時間や放課後は図書室で本を読みふけるのが日課だった。
「似合わないな」
いつものように、本を読んでいたとき、背後から声をかけてくるものがいた。
中途半端な偏差値の高校だから、がり勉の人間をからかう猿どもが何匹かわいて出る。こいつもその類だろう。
そう思って振り向くと、予想していたのよりは「猿」っぽくない少年がいた。運動部にでも属してそうな印象だ。
「優等生なんだってな?でもお前、あんまり読書とか、勉強とかしてそうには見えないな」
珍しい生き物でも観察するかのごとき顔で、彼はそう続けた。
「猿と一緒にされるとは心外だな」
とだけ返して、僕はまた本に目を戻した。
「怒った?悪い悪い。いや、おすすめの本あったら教えてほしくてさ」
やたら馴れ馴れしい彼の声音が不愉快だったので、僕は黙って席を立ち、書架から「ズッコケ三人組」を出して彼に手渡した。
「もうちょい、こう、大人向けのがいいんだけどなあ」
彼は相変わらず友好的な風を装おうとしている。こんどは葛飾北斎の春画集を渡した。彼は、それを受け取り、まじまじと数ページ眺めたあと
「これは、ちょっと大人向け過ぎるよな。この高校にこんなもんあったのか。っておい、もしかしてお前、俺のことからかってる?」
やっと気付いたようである。
「今夜のおかずに持って帰るか?」
と僕が聞くと、彼は突然吹き出した。
人の顔を見ながら笑い転げるこの男はひどく礼儀知らずに思え、僕の気に入らなかった。
「お前、下ネタとか言うんだ?てっきり、うんこって聞いただけで眉をしかめるタイプかと思った」
この男の笑いのツボは、どうやら僕のそれとはかけ離れてるらしい。
それでも、この日以来、彼とは毎日のようにこの図書室で顔を合わせるようになったし、いつのまにかつるむようになった。受験の失敗のコンプレックスから、この高校のほとんどの人間を見下して深く立ち入ろうとしない悪癖だけは、この男も共有していたからであろう。


大学受験が終わってしばらくしたある日、居間でくつろいでいると、真剣な顔の父さんが
「話がある」
と切り出した。
「お前の部屋のゴミ箱から、ゴムが見つかった。これはどういうことだ」
彼女とのことは、このときはまだ親に知られてはいなかった。恥ずかしいから、そういう話をしなかったのだ。
「お前は、ひとりであんなものを使うのか?」
父さんが続けてそう聞いてきたので、僕は、どうやら変な趣味があるのを疑われてるのであろうと理解し、それを一刻も早く弁解するために
「彼女と……、だよ」
と答えたのであるが
「ふははははは、引っかかりおったな!『ゴム』とは髪留めのゴムのことさ!そしてお前は今自らの口から『彼女がいる』こと、そして『彼女とやってる』ことを暴露しおったな!この変態め!なあに、隠そうたって無駄さ、俺はもうお前が駅前できれいなおなごを伴って歩いているのを見てしまったのだからな!それだけじゃない、そのおなごがお前の腕にその腕を絡ませて駅前からゲームセンターへ行き、そのあと喫茶店で机の上にとったぬいぐるみを広げながら談笑し、さらにそのあと雑貨屋でお互いにメガネやら猫耳やらをつけあってからかいあったり、ちょっぴりえっちな輸入雑貨を見せ付けて彼女を困惑させたりして、最後に駅前でふたあべぽ」
父さんのまくし立てるような台詞は「もうやめてあげな、品がない」と言いながらスリッパで夫の頭をひっぱたく母さんによって中断せられた。長年のあいだ暴走しがちな父親を制御してきたこの母親に、僕はこういうときあらためて畏敬の念を抱くのであるが
「でもねえ、喫茶店でおそろいのパフェを頼んで、ときどきとりかえっこしてるのは、お母さん見ててちょっと恥ずかしかったかなあ」
との発言で一気に掻き消えた。
「あんたら、夫婦そろって息子を尾行してたのか、品がなくて変態なのはどっちだよ」
まったく、一時は離婚騒動にまで発展したのに、この両親はそのことなどすっかり忘れているようである。
「そんなことより息子よ、お前は彼女と何回やったのだ?あと、お前は何発やるのだ?それからおまごでりば」
スリッパで頭を勢いよく叩く高い音が鳴った。
「だから、あんたは品がないって。ね、ところで最初のチューはいつ?いつも手はどっちを上にしてつないでるの?」
今になってこんなふうに尋問されるのなら、最初から隠さないでおけばよかったと、僕はこのとき後悔した。
次の日の朝から彼女と会うことになっていたのに、この両親による尋問(途中から妹も参加した)は明朝まで続き、次の日は案の定寝坊して約束の時間に遅刻した。なんとも思いやりのない家族である。


ある朝、僕は嫌な夢で目を覚ました。自転車にのっていたら、トラックに轢かれて死ぬ夢だ。
「今日の夕食はあんたの好きなハッシュドビーフだからね。早く帰ってこないとなくなるよ」
わかったわかった、ああ、それと玉ねぎは飴色に炒めたほうがおいしいよ、面倒くさがってやってもらった覚えがないけど。母さんにそういい残して、僕は家を出た。
今日は、菊池の家で遊んだ。
帰るときにふと彼女の声が聞きたくなったので、電話をして、ちょっと話した後、自転車に乗った。
いつの間にか、暗くなったな。自転車のライトが壊れている。そういえば、ブレーキのききも悪い。警察に止められるのも面倒だし、早いとこ交換しないとな。
そんなことを考えながら、僕は夜道を急いだ。



以上です。こんな終わり方でいい?
2007年12月22日 | Comments(0) | Trackback(0) | 小説のつもり

スイーツ(笑)

※注意※長文です

やったー携帯小説できたよー(^o^)ノ


僕は死んだ。

最後の瞬間は、自転車で暗い道路を走ってるときに、曲がってくるトラックに巻き込まれて……
そこで僕の意識は途絶えた。
気付いたときには、眼下に僕の肉片が転がっていた。
頭部は原形をとどめていなかった。
顔だけは勘弁してくれよ。
それが、僕が死んでからの最初の心残りだった。

生きている時間の最後に走馬灯を見た。
喧嘩してた両親が仲直りして、家族で旅行したときのこと。
勉強を教えていた妹が第一志望の高校に受かって、一緒に号泣したときのこと。
飼っていた犬がある朝死んでいて、泣き崩れる妹を抱きしめ、なだめていたときのこと。
初めての彼女と、キスしたときのこと。
彼女と一緒の、そして僕らの第一志望の大学に合格して、受験番号の貼られた掲示板の前で感極まって抱き合ったときのこと。
初めての彼女を、抱いたときのこと。

しばらくしたら、警察と救急車がやってきた。どうせもう間に合わないのに。
運転手が必死に弁解している。刑務所に入るのを相当恐れているのであろう。僕を殺したんだ、もっとおびえるがいい。
野次馬が僕の残骸を見て悲鳴を上げている。おい、そこの女、目を手のひらで隠すなら、最初から寄って来るなよ。

そんな光景も見飽きたので家族のところへ行った。
家では、母さんと妹が料理を作っていた。いちおう、父さんもその場にいる。土曜日だから帰るのが早いのだ。
どうやら今日の夕食は、ハッシュドビーフとアボガドサラダ、それからかぼちゃのポタージュスープのようだ。
おぼつかない手つきであめ色になりかけの玉ねぎを焦げ付かぬように炒めつづける妹を後ろから揶揄しつつ、父さんはかぼちゃと牛乳をミキサーにかけようとしている。
母さんはサラダの野菜を洗いながら、そんな父と娘のやり取りを楽しそうに眺めている。それにしてもこの母親は妹の受験が終わってからはいつも面倒な作業を彼女に押し付けるが、この日も相変わらずだ。

電話が鳴った。いちばん手の空いている父さんが受話器を取った。
この電話が、この家族の、この空間を壊してしまうのかもしれない。
それが、たまらなく心苦しくて、僕は終話ボタンを押した。
でも、僕の指はボタンを何の抵抗もなく通り抜けた。当然だ、僕は死んでいるのだから。
「はい、梅沢です」
父の声は、僕の抵抗もむなしく電話がつながってしまったことを伝えた。
「なんですと?」
背筋に冷たいものが走った。
「あのな、幸せだとか生きる意味だとか、貴様の言ってることは的を得ないが、ようするにどこのなんていう『宗教』なのだ?ああ、言っとくけど、うち、居間には神棚があって、寝室には仏壇があって、トイレにはマリア様がいて、家事はカースト制度で分担してて、庭には糞尿と飲料水とその他もろもろの流れる川があって、もう家中神様だらけで新しい神様の入る余地ないの。わかる?じゃあね」
「また変な宗教?あんたもいちいち長台詞披露してないでとっとと電話切ればいいものを。それよりほら、早くミキサーやって」
どうやら、まだ訃報は届かなかったようである。僕は、一気に安堵した。
「お父さん、いつもこういうときのためのネタを一生懸命考えてるんでしょ?お母さん、窓際でパソコンだけが友達の社員やってるお父さんの唯一の楽しみを否定しちゃ可哀相だよ」
「うおお、なんて父親思いの娘だ!しかしな、同情は不要だ!なぜならパパは出世コースに乗ってボーナスだって……」
「あんた、そういうのは家のローン完済してから言って。だいたい、思いっきり娘に哀れまれてるじゃん。わかんないの?」

家族は、だからいつものようにふざけあっていた。
まだ、彼らは僕が帰ってくると信じているのだ。
今朝、家を出る瞬間まで何のありがたみも持たなかったこの空間が、とてもいとおしいものだと今になって気付いた。
神など信じぬ僕が、初めて祈った。
どうか、彼らに僕の死を伝えないでくれと。
一分でも長く、この団欒が続いていてほしいと。

やがて、電話は鳴った。
僕は、それが聞きたくなくて、家族のいる食卓を離れた。
長男の死を知った家族が、その瞬間どう反応したのかを、だから僕は知らない。
それでも、先ほどまでにぎわっていた食卓からうそのように声が消えたことだけで、僕の胸には充分こたえた。

彼女のところに行きたくなった。初めての、そしてずっと付き合っている彼女のところへ。

彼女は部屋で本を読んでいた。
受験が終わって大学へ入るまでの今、お互いに本を読みあって、この余裕のある時期を有意義に過ごそうと話していたのだ。
近松秋江の「別れたる妻に送る手紙」か。僕の貸した本だ。
それにしても、自分で貸しておいて言うのもなんだが、このタイミングであんなダメ男本を読んでいるとは。名状しがたい脱力感で、すこし気分はやわらいだ。ここは彼女に感謝するべきか。

父親が単身赴任、母親は夜遅くまで働いていて、姉はとっくに家を出て一人暮らしをしているので、家にひとりでいることの多い彼女の部屋にあがることはよくあった。彼女との時間の少なからぬ部分をこの部屋ですごしたし、部屋には僕の取ってあげたぬいぐるみや、僕と一緒に買いに行った家具、それから一緒に撮った写真などでうめつくされていたので、半分は僕の部屋のような認識だった。
だから、この部屋に来ると落ち着くのだ。

しかし、すぐに違和感に気付いた。

いつまでたっても彼女はページをめくらないのだ。
目の焦点すら定まっていない。
彼女の足元に折りたたみ式の携帯電話が開かれたままでよこたわっている。
そういえば、僕の携帯電話の発信履歴には、彼女の電話番号がいちばん最初に表示されるであろうことを思い出した。
最後に電話をかけたのが、彼女だったからだ。もっとも、そのときにはそれが「最後」だなどとは予想だにしなかったわけであるが。
しばらくすると、彼女は泣き出した。机の上にふせる格好になって。やがて、激しく嗚咽した。
そうか、この女はこうやって泣くのか。
喧嘩したときも、別れ話になったときも、こんな風には泣かなかったのに。
あの時は、嘘泣きだろうと思った。だから何も感じなかった。女の涙など外交手段に過ぎぬと高をくくっていたのだ。
でも、このときは、彼女を抱きしめたくなるのをこらえきれず、僕の両腕は彼女に触れたが、わずかの圧力もなくただ透過するだけだった。

やがて、彼女の携帯電話の着信音が鳴った。
画面には「菊池」と表示されている。僕の親友の名だ。
「ウメが、ウメが……」
彼女は電話に出ると、嗚咽のまじる声で、僕のあだ名を繰り返した。
下の名前で呼べと何度も言ったのに、結局彼女の僕をあだ名で呼ぶのは直らなかった。二年間付き合ってて、それがいちばんの心残りだ。
「うん、ひっく、今……うん、家。うん、ひとり」
なぜか知らぬが、彼女が電話でそう答えるのを聞いて、得体の知れぬ悪寒を覚えた。
「うん、来て」
いや、僕は知っている。心当たりがある。でも、今はそれから目を背けようとしているのだ。

しばらくして、菊池が来た。
玄関で、彼を見た彼女はその場に泣き崩れそうになり、それを、菊池は抱き止めた。
彼は、「楓……」と彼女の名を呼んで、それっきりしばらくしゃべらなかった。
菊池が、胸に顔をうずめる彼女をなだめながら、微笑しているのを、僕は網膜に焼き付けた。
親友だと思っていた彼の、その首を絞めてしまいたくなった。
でも、僕は自分を責めることにした。二年前、菊池が楓に思いを寄せているのを知らぬふりをして、それから、菊池に思いを寄せる楓の相談にのるふりをして、彼女を奪った自分への、これは罰なのだと言い聞かせることにして、僕はその場を去ろうとした。
「俺、あいつがいちばんの親友だった」
菊池の声を聞いて、僕は立ち止まった。
「なんでも腹を割って話すことのできる、ただ一人の親友だった」
じゃあ、なんでお前は楓への恋心を僕以外の人間にだけ打ち明けまくったのだ。二年前も、そして今もずっと。
「ぶつかり合うこともあったけど、お互いを高めあえる最高の仲間だった」
そう思っているのは残念ながら君だけだ。いつも僕が前を進んで、君があわてて追いかけてくる格好だったろう。最近じゃ、受験だってそうさ。結局君は僕の滑り止めのところに行くことになったしな。
「それに……」
彼は、何かを言いかけたまま、泣き出した。
親友だと思っていた彼が、こんな安っぽい演技をすることに虫唾が走った。
どす黒い感情が僕の思考を埋め尽くしていくのがわかる。
でも、僕は知っている。彼女は、彼のするような三文芝居など、容易く見抜くと。そのような女だから僕は彼女を慕ったし、信じてきたのだ。
僕の期待を裏切らず、彼女は彼の胸から顔を離し、半歩後ずさった。




とりあえずここまで。
「スイーツ(笑)」のコピペを見てたらふとこんなことを妄想してしまいました。
駄文ごめんなさい。
2007年12月21日 | Comments(0) | Trackback(0) | 小説のつもり
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